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大津皇子&etc

ripokoのコメントで、

大津皇子と石川郎女の歌のことが出ていましたね。

今日はその時代のお話をば少し。

大津皇子は天武天皇の皇子です。

ripokoが言ってた相聞歌は万葉集にある次の歌だと思います。



・あしひきの山のしづくに妹待つと 
         我れ立ち濡れぬ山のしづくに(大津皇子)

・吾を待つと君が濡れけむあしひきの
         山のしづくにならましものを(石川郎女)


(約束してた山で待っていたが、あなたを待ちわびて山の雫で濡れてしまったよ)

(雫に濡れながら私を待っていてくださったあなた。会いにいくことが出来なかった私は、山の雫となってあなたと共にいたかったのです)



石川郎女には、草壁皇子(天武天皇と持統天皇の息子)も

思いを寄せていたようです。


・大名児を彼方野辺に刈る草の束の間も我忘れめや(草壁皇子)


これに対する、石川郎女の歌は残っていません。

草壁皇子は、どうやらフラれてしまったようです。

このことがきっかけというわけではないでしょうが、

大津皇子は不運な最期をとげることになってしまいます。


大津皇子は文武に秀で、人望も厚い皇子だったと伝えられています。

しかし、母の死後は菟野皇女(うののひめみこ=後の持統天皇)が

正妃としての地位を得ることに。

菟野皇女の息子、

前述の草壁皇子が立太子(時期天皇候補になる)しますが、

大津皇子は謀反を企てたとして捉えられ、死を賜うことに。


御年24歳。


大津皇子と共謀したとされる臣下も同時に捉えられましたが、

ほとんどの者が罪を許されています。

このことから、大津皇子は無実であり

大津皇子の人望を妬んだ菟野皇女・草壁皇子または

他の皇子による謀略の可能性が高いと言われています。

持統天皇は、我が子に皇位を継がせたい思いから、

優れた人物で人望もあった大津皇子を陥れたのかも知れませんね。



二上山


奈良の二上山・男岳頂上に、大津皇子墓があります。

今は宮内庁が管理していますが、

実はここは墓ではなく、ただの伝承であるというのが定説です。




鳥谷口古墳



真の大津皇子墓は、この鳥谷口古墳だと言われています。

二上山の麓に公園が造られた時、偶然に発見されたものです。

ちなみに、大津皇子墓が二上山に造られたことは

日本書紀には記述がありません。

ではなぜ「大津皇子墓」が二上山にあるとされ、

宮内庁までもが認めているのかと言うと・・・。


その理由はなんと、万葉集にある歌でした。

大津皇子の実姉、大伯皇女(おおくのひめみこ・大来皇女とも)の歌



・うつそみの人にある我れや明日よりは
          二上山を弟背(いろせ)と我が見む(大伯皇女)

 


意訳:この世に生きる私は、明日からは二上山を(もうこの世にいない)弟(大津皇子)と思うことにしましょう


ちなみに斎宮(天皇に代って伊勢神宮に奉仕した人)だった大伯皇女、

その名の由来は、天皇一行が九州に向かう途中、

大伯の海付近で生まれたことによります。

その大伯の海(おおくのうみ)とは、現在の岡山県邑久町。



邑久町付近


私の生まれ育った場所の近くです。

子供の頃に住んでいた社宅から、吉井川を挟んだ対岸あたりなんです。



ところで私事ですが、

明日は、娘ripokoの高校受験。

父親はアドレナリン不足のグータラですが、

努力家の娘はきっと、合格してくれると信じています。
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明日香の風

明日香の雲


     春過ぎて 夏来たるらし 白妙の
                衣干したり 天の香具山



爽やかな風になびく、白妙の衣を干したような雲。

小春日和の陽に彩られた明日香の里は、

見上げる空までもが明日香です。


なーーんて、行ってきたようなことを書いてますが、

実はこの画像、昨年の5月のものです。

もちろん場所は明日香村。


最近ちょっと、他で忙しくしておりまして

更新をサボっておりました。

今日も「過去記事」で失礼いたします。


古代史が大好きで、特に厩戸皇子(聖徳太子)に思い入れのある私は

明日香村によく行きます。

高校時代は古文の授業が苦痛でしたが、

最近は、古事記や万葉集に興味津々。




明日香1



先日、NHKスペシャルで明日香のことが放映されていました。

新聞でも時々、明日香での発掘状況が報道されています。


明日香という土地は古代より、

数々の権力闘争や骨肉の争いが繰り広げられ、

置き去りにされた石像物と廃寺の里。

しかし今の明日香は浄化され、

古の渡来人たちが「安息の地」と言祝(ことほ)いだ

本来の姿を取り戻したのかも知れません。




明日香2




明日香ではそろそろ、菜の花の季節。

春はもうすぐそこまで来ています。

今ではあまり見られない蓮華畑も、明日香には残っています。






伝・飛鳥板葺宮跡



古代の遺跡と、色とりどりの季節の彩り。


この春は皆様に是非、

レンタサイクルでの明日香村散策をオススメいたします。



私が明日香村に行くと、必ずと言っていいほど登るのが

甘樫丘(あまかしのおか)。

明日香を見下ろし、大和三山を見渡せます。


香具山は 畝火雄々しと 耳成と
        相争ひき 神代より かくにあるらし 古も
           しかにあれこそ うつせみも 妻を争ふらしき


~かぐやまは うねびおおしと みみなしと あひあらそひき かみよより かくにあるらし いにしえも しかにあれこそ うつせみも つまをあらそふらしき~

(素敵な畝傍山を、天の香具山は耳成山と争った。神代の世でもそうなのだから、今の世でもひとりの女性をめぐって争うのです)


額田王(ぬかたのおおきみ)という、万葉歌人がいます。

この女性をめぐっての、天智天皇と天武天皇の確執は有名です。

上記の歌は、万葉集の中の天智天皇の歌です。

最後に甘樫丘からの「大和三山」をご紹介いたします。

今回はとっても教育番組的な日記となりました。




畝傍山


畝傍山






耳成山


耳成山






天香具山


天香具山


.
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ちょっとお遊びです

おもしろいもの見つけました。

まずは、真剣にやってみてください。

どうかなぁ~。

ココをクリック

これって、じつはカラクリがあるんですよ。

でも最初はめちゃコワイ
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